秋口に入り、新型コロナウイルス感染とインフルエンザの同時流行への不安が募りますが、関係各位には当事業団の運営にご支援いただきありがとうございます。
8月31日、千葉県は「利用者全員の移行を行ったうえで県立施設 袖ケ浦福祉センターを令和4年度末までに廃止する」との方針を示しました。
今回の方針決定は、全国的にみても例を見ない「公の障害福祉施設の廃止」ということで、様々な受け止め方があると思いますが、一方で、千葉県では「強度な行動障害のある方への支援の新たな枠組み」がスタートします。
昭和41年、「精神薄弱者更生施設 更生園」の開所を皮切りに、事業団は「旧肢体不自由児療護施設 旧精神薄弱児入所施設、旧授産施設、旧通勤寮、療育相談機関、グループホーム事業、デイサービス事業」等、県立施設群を中心に様々な事業を手がけてきましたが、平成25年11月の職員による児童暴行死亡事件により、指定管理事業以外の事業譲渡や事業を廃止し、現在運営する事業は、指定管理事業の他に「児童サービスセンター事業」一つを数えるだけになりました。
平成28年に開催した事業団設立50周年式の基調報告では、「県立施設の役割は、県内民間社会福祉法人の隆盛と共に変化してきた歴史があった」としたうえで、「1箇所集中の、重厚長大な入所型施設機能はその歴史の役割を閉じた」と総括しました。
今回の県の方針により、強度な行動障害のある方の暮らし方は、県内の多くの社会福祉法人や行政、数多のサービス関係団体、医療関係団体がネットワークを構築し、本人が望む暮らし方を実現する、支えるための県内全域を網羅する仕組みの中で進みます。
「障害者の権利条約」にあるように、「どこで誰と暮らすかについてその選択の機会を確保される」ことは勿論、「どのような人から、どのような支援を、必要な時に利用できること」も大事な視点であり、これからの道程はこれまで以上に本人の意思決定を軸に進められることになります。
御家族からは「最後の拠り所としての県立施設の廃止」に強い不安と我が子の先行きを心配する声が多数寄せられます。
しかし、私達も、ここで長年暮らしてきた利用者さんも、「それぞれの新たな人生の扉を開く人であり、守られるだけの存在ではなく、自らの人生を主体的に生きる人」です。
千葉県社会福祉事業団は、これまで多くの方から頂いた励ましの言葉を力とし、目指してきた目標と理念を見失うことなく、令和4年度末までの残り2カ年半、事業の終(しま)い方(かた)を間違えないよう、これまで以上に丁寧に、誠実に支援にあたってまいります。
理事長 相馬 伸男
私達は、様々な障がいのある方々が抱える暮らしにくさや困り感が少しでもなくなり、自由で豊かな暮らしができること、一人ひとりが笑顔の溢れ出る暮らしができることを目指し、必要な支援サービスを提供していきます。
そして、ここで出会い、共に暮らす時が、それぞれの人生にとってかけがえのないものとなり、新たな人生への扉を開くことのできる時となるよう、一緒に考え、寄り添い続けます。
名称 | 千葉県社会福祉事業団 |
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目的 | 千葉県と緊密な連携を保ちつつ県社会福祉事業の推進を図り 広く県民福祉の向上に寄与することを目的としています。 |
設立 | 昭和41年6月29日 |
住所 | 千葉県袖ケ浦市蔵波3108-1 |
電話 | 0438-62-2722 |
FAX | 0438-62-2785 |
昭和41年6月29日 | 社会福祉法人千葉県社会福祉事業団設立認可 |
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昭和41年7月1日 | 千葉県から千葉県袖ヶ浦福祉センターの経営受託 |
昭和41年7月18日 | 知的障害者更生施設(更生園)入所開始…定員70名 |
昭和41年10月29日 | 肢体不自由児施設(療育園)入所開始…定員100名 |
昭和42年4月1日 | 千葉県から知的障害児施設(養育園)の経営受託…定員50名 |
昭和42年10月1日 | 千葉県から知的障害者通勤指導施設(通勤指導所)の経営受託…定員20名 |
昭和44年4月1日 | 知的障害児施設(養育園)50名入所増設 |
昭和45年4月1日 | 千葉県から知的障害者授産施設(授産所)の経営受託…定員50名 知的障害児施設内長浦特殊学級が袖ケ浦養護学校へ移管され槇の実分校となる。 |
昭和48年3月31日 | 通勤指導施設一時閉鎖 |
昭和48年7月1日 | 千葉県から知的障害者通勤寮(畑通勤寮)の経営受託、入所開始…定員40名 |
昭和49年4月1日 | 知的障害者更生施設(更生園)30名増設、入所開始 診療・判定室設置 |
昭和50年3月1日 | 千葉県から身体障害者療護施設(鶴舞荘)の経営受託、入所開始…定員50名 |
昭和56年4月1日 | 肢体不自由児施設(療育園)及び身体障害者療護施設(鶴舞荘)が千葉県身体障害者福祉事業団へ移行 |
昭和57年4月1日 | 知的障害者更生施設(更生園)30名増設、入所開始 千葉県から知的障害者福祉ホーム(畑ホーム)の経営受託、入所開始…定員10名 知的障害者授産施設(授産所)通所授産開始…定員10名 |
平成7年4月1日 | 知的障害児施設(養育園)の定員を80名とする。 知的障害者授産施設(授産所)を「ながうらワークホーム」と改称し、定員を130名(うち通所10名)とする。 |
平成15年4月15日 | 知的障害者更生施設(更生園)ユニット形式の自立訓練棟「さくら荘」(8名)入居開始 |
平成16年7月1日 | 知的障害者更生施設(更生園)強度行動障害棟そよかぜ荘(4名)入居開始 |
平成17年3月31日 | 知的障害者通勤寮(畑通勤寮)、知的障害者福祉ホーム(畑ホーム)が民間移譲となり事業団の経営受託終了 |
平成18年4月1日 | ながうらワークホームが民間移譲となり、事業団の直営事業開始 千葉県袖ヶ浦福祉センターの指定管理としての受託事業開始(5年間) ながうらワークホームの定員を109名(うち通所19名)とする。 |
平成18年6月1日 | 児童デイサービス(風の子)事業開始…定員10名 |
平成22年4月1日 | 知的障害者更生施設(更生園)が障害者自立支援法に基づく障害者支援施設に移行し生活介護事業と施設入所支援事業を開始 |
平成23年4月1日 | 千葉県袖ヶ浦福祉センターの第2期指定管理として受託事業開始(5年間) |
平成23年9月1日 | 就労支援センタージョブくらなみを開設し,就労移行支援事業及び就労継続支援B型事業を開始 |
平成24年4月1日 | 知的障害者授産施設(ながうらワークホーム)が障害者自立支援法に基づく障害者支援施設に移行し、名称をアドバンスながうらとし、施設入所支援事業と就労移行支援事業と生活介護事業を開始 ながうら地域支援センター(共同生活援助事業)を開設し、知的障害者グループホーム(青葉ハイツ、椿ハイツ、スプリングハイツ)入居開始を開始。グループホーム数は13ヶ所となる |
平成24年5月1日 | 代宿地域支援センターを開設し、共同生活介護事業及び生活介護事業を開始 |
平成24年8月1日 | ながうら地域支援センターと代宿地域支援センターにて相談支援事業を開始 |
平成25年9月1日 | 障害者支援施設(アドバンスながうら)の生活介護定員を50名,就労移行支援定員を80名に変更する |
平成26年3月31日 | 就労支援事業所(就労支援センタージョブくらなみ)事業廃止児童デイサービス(風の子)事業休止 |
平成26年4月1日 | 障害者支援施設(アドバンスながうら)の施設入所支援定員を80名,生活介護定員を60名,就労移行支援定員を50名に変更し,新たに就労継続支援B型事業(定員20名)を開始 |
平成28年3月31日 | 児童デイサービス(風の子)事業廃止 |
平成28年4月1日 | 障害者支援施設(アドバンスながうら),児童デイサービス(虹の子)を,社会福祉法人佑啓会に事業譲渡 |
平成28年4月1日 | 代宿地域支援センター(共同生活介護事業及び生活介護事業),ながうら地域支援センターの知的障害者グループホーム3カ所及び就労支援事業所(ジョブくらなみ)を,社会福祉法人大久保学園に事業譲渡 |